この星の世界地図は、四つの大陸に囲まれた『オルト海』を中心に描かれる。
地図を作成する場合、各国がそれぞれ自国を中心に描くのが普通と考えられるがそれにも拘らず、この星のどの国で作られる地図も全て『オルト海』を中心にしている。尤も、その描き方が各大陸の姿や位置関係をわかり易く描けるため、との通説があり、皆それで納得していた。
この星には大陸が四つあり、それぞれ『北の大陸』、『南の大陸』、『東の大陸』、『西の大陸』と呼ばれていた。
『南の大陸』の南東に、テナンという名の島があった。
南の大陸の東南を占めるピレア、或いは東の大陸の南半分を占める国・サンセベリアに属していても不思議は無かったが、国として独立していた。
国主の館がある街トゥルカには約一万人の市民が住み、その西の港町タリアには約千人、そのすぐ南東の小さな集落カラには数十人の市民が住んでいるだけだったので、テナンは人口約一万一千の小国だった。
漁業が主な産業であるこの国は、貧富の差が少なく犯罪も少ない平和な島国であったが、島の南端には小規模な『傷』と呼ばれる空間の裂け目があり、そこからあふれ出す瘴気のためにその辺りの森が徐々に闇に染められていくのが問題だった。
テナンは島国のため海に囲まれていたが、港はトゥルカの西の港町タリアにひとつだけだった。その辺りだけが船が進入できる深度が確保され、それ以外は遠浅の砂浜だった。
そのタリアの港に一艘の帆船が入港した。北のサンセベリアからの定期便だ。
サンセベリア王国の首都・サンスルからの定期便は東と南の大陸の間の狭い水路・トレンドル水道を通り、途中アスレニウムとピレアの国境にまたがる港町・マイトアルシャに寄港してタリアに至る。週二往復の定期便はこの辺境の島には多いと思われがちだが、テナンはトレンドル水道、南レトリア海、パキレウス海と複数の海に囲まれている為周囲は良い漁場となり、新鮮で珍しい魚介類は他国でも珍重され需要が多いため、商人たちにとっては週二往復でも少ないと言われている。勿論定期便はサンスルリアからだけでなく他の国からも就航している。商人たちの希望を叶えようにもタリアの港の規模では一度に受け入れられる船の数が少ない為、現在の状況で我慢するより他はなかった。
タリアに入港した帆船からは次々と荷が降ろされていく。商人たちも船から降り、下ろされる荷を見守ったり、商売相手の建物に向かったりし始めた。
漁業が主産業のテナンには観光名所など無いため渡ってくる者はその殆どが商人だった。が、今回はその中に混じっておよそ商人とは言えない姿の二人組みが降りてきた。
人より大きくとんがった耳を持つエルフと、猫耳としっぽが目を引く獣人の二人組みだった。
過去には見かける数も多く交流も多かったとされるこの二種族。特にエルフを見ることは今では本当に少なくなってしまっていた。
深いグリーンを基調とした衣装を纏ったエルフは海風に長い銀髪を揺らしながら南へ向かう道へと歩いていく。明るい青の瞳はエルフの深い英知を湛えているように見える。
同行する獣人は短い銀髪とその間から見える猫耳、そしてフサフサのしっぽが動きに合わせてゆらゆらしている。こちらはルビーの様に赤い瞳だ。
二人は勝手知ったるといった風に南への道を進む。
町の外れで二人は立ち止まった。
テナンには山は無い。島の中央が丘になっているが山、と言えるほど高くは無い。その丘と海岸の間を、タリアから南に向かう道が伸びている。この道は島を一周する道路だ。その道は途中で別れ本道は真っ直ぐ南へ、別れた道は丘の斜面を登ってカラへ至る。
「じーさんは元気かな? 」
獣人の少年がそう言うと、
「元気に決まってるじゃない。」
少年を目だけで見下ろしてエルフの少女がそう返した。
それから二人は南に向かって歩き出した。
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はじまりの島1
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