朝の光が木々を照らし、その光を弾く夜露が木々の瑞々しさを際立たせている。
その中を通る通路を白い姿が歩いていた。
青銀の長い髪を揺らして進むのは、とんがった大きな耳が特徴のエルフの少女だった。
身に纏っている細身のドレスも白いため、揺らめく陽炎のようだ。
少女の後ろから大股に追いついてくる姿があった。
黒っぽい焦げ茶の髪に同じ色のヒゲを生やした背の高い、がっしりとした体躯の壮年の男だ。
「早いですな、エルフの姫よ。」
男は少女に追いつくとそう声をかけた。
「…おはようございます、ディラン将軍。」
少女は驚くこともなく、立ち止まって振り返った。
空色の瞳が男を見て細められる。大きな耳には桜色の珠が揺れ、胸元には同じ桜色の珠と真珠がデザインされたブローチが止められていた。
「執政官の正式な呼び出しですもの、早すぎることは無いと思いますけど。」
少女はわざと、ツンと済ました表情をした。
「それに、わたしは別に王族ではありませんから。エルフの姫は… 」
そう言って少女は光の射す東の方を眺めた。
「エルフの姫、と呼ばれるのは、フェレーラの館にいるシェルディアーナ姫だけよ。」
ディラン将軍は、釣られるように東の方を見た。
「…だから~ 」
と、少女は今度は将軍を見上げた。
「わたしのことは名前で呼んでくださればいいのよ。…もう一体何年前からそう言ってるかしらね。」
「おお…すまぬな。」
少しもすまなそうではない顔で将軍は笑った。
その時、
「何やってんだよ二人とも。」
将軍の背後からそう声が聞こえてきた。
「もう集合時間ぎりぎりだぜ。」
ディラン将軍は振り返り、やや下のほうを見た。
そこには、長くも短くもない銀の髪、その中にぴんと立った猫のような耳、ルビーのような真っ赤な瞳の獣人の少年が立っていた。
腰の辺りからはフサフサの長いもの…猫の尻尾のような尻尾が、揺れていた。猫が少しイラついている時のように。
「これはシェルティー殿。」
将軍はにっこりした。
「そなたにも集合がかかったのか。」
「ああ。そーだよ。じゃなきゃ朝っぱらからこんな所に来るかよ。」
シェルティーと呼ばれた少年は、軽くあくびをしてみせた。
「とにかく、早く行かないと、執政官の血圧を上げることになるぜ。」
「おお、そうであったな。」
そう言って将軍はエルフの少女を振り返った。
「そうね。行きましょう。」
少女はそう言ってからシェルティーを見た。
「執政の前であくびはしちゃだめだからね。」
シェルティーは少女の言葉に一瞬むっとした顔になったが、
「勿論。………エルシィもな。」
そう言うと二人を追い越して先に歩き出した。
少女―エルシィは将軍と顔を見合わせ、やれやれ、という仕草をすると、将軍と共にシェルティーを追いかけた。
白い通路の先には会議棟がある。
会議棟は二階構造になっていたが、 三人は中に入るとその二階に向かった。
指定された部屋のドアを開ける。
そこは細長い形の部屋だった。
中には細長いテーブルがあり、左右にそれぞれ椅子が十脚ずつ配置され、一番奥に一脚、他の椅子より大きく遥かに立派な椅子が置かれていた。
三人で最後のようで、三人分の椅子と、それから一番奥の椅子だけ空いていた。
テーブルの上には会議中、喉を潤す水差しとコップが並べられていたが、一番奥の席にはコップは置かれず、代わりに小さな箱が一つ置かれていた。
「ほら、俺達が最後だ。まったく。」
「なによ。あんたはわたし達より遅かったじゃない。」
シェルティーとエルシィはひそひそと言い合った。
ゴホン。
と咳払いが聴こえ、二人は顔を上げた。
「そろそろ会議を始めてよろしいかな? 」
テーブルの左側の一番奥に座っていた、白っぽい長いひげを蓄えた男が言った。
「…失礼しました、執政官・アデルイア=トレス。」
エルシィは優雅に一礼し、三人は自分の席に着いた。
ディラン将軍は執政・アデルイアの向かい側、エルシィはアデルイアの二つ隣、更にその隣にシェルティー。
席に着いた総勢二十名の中には、エルシィ以外のエルフや、シェルティー以外の獣人もいた。
エルフの青年は二人、獣人は三人。
獣人のうち二人はシェルティーと同様に、獣耳と尻尾がある。残り一人は耳は人と同じで尻尾は無い。しかしその背には鷲の様に茶色っぽい立派な翼が生えていた。
部屋の中はシン…としている。皆執政官の言葉を待っているのだ。
自分達を招集したその理由を。
少しして、執政官・アデルイアが言った。
「昨夜、箱に反応があった。」
おお、と、その場にいる者達が声を上げた。
長テーブルの端に置かれている小さな箱を見る。
「箱に反応が…それでは…… 」
「それではとうとう… 」
その場の全員が、期待の篭った目で小さな一つの箱を見た。
「…それにしても、突然なんだな。」
特に感情の篭らない声で、シェルティーが言った。
他の者達は一斉にシェルティーを見る。
「今までずっと、ずっと調査し続けても手がかりがみつからなかったのに。」
シェルティーの目は箱を見ているようだったが、実際彼が見ていたのは、調査し続けていたこれまでの時間なのかもしれない。
「確かに。」
アデルイアが言った。
「これまで長きに渡り、われわれはずっと調査を行ってきた。そう、長い間。だがこの約三千年間、一度も箱が反応したことは無かった。しかし、昨夜確かにこの箱は反応を示した。」
「それならば早急に再調査を行いましょう。」
ディラン将軍の隣に座る、将軍に負けない体躯の獣人が言った。
言葉はそんなにいらなかった。だからそれだけで十分だった。
この会議はここに集まった者に昨夜の現象を伝えるだけが目的だったから。
やるべきことは決まっている。
会議は終了し、会議室の扉は閉められた。
扉が閉まる寸前、エルシィは一番奥の椅子を見た。
その前に置かれていた箱は今は無い。
会議室のある場所は、この国の城の北の塔の十五階。階段を上って十五階に達すると、そこは一つの屋上のようになっていて、木々が植えられ庭園になっている。通路を外れた所には東屋も設置されていた。
エルシィが会議室に向かっていた時よりも日は既に高く上っており、程なく南の塔の影に隠れようとしていた。
午後になればまたこの庭園には日が射し始める。
会議室を後にしたエルシィは、朝歩いた通路を今は逆に辿っていた。
ふ、と、彼女は立ち止まる。
「さて、準備をしないとね。」
そう言ったエルシィは、彼女に合わせて歩みを止めた隣に立つ男を見上げた。
その男は、先程の会議で発言した獣人だった。
彼は無言で頷いた。
「…また苦労をかけるな…すまぬ。」
先を歩いていたディラン将軍とアデルイアをはじめ会議に出席していた人間たちが、エルシィたちを振り返った。
「…あら。」
エルシィはディランたちを見た。
「この国だけの問題じゃあないんだもの。そんなこと言うことありませんわ。」
それから、自分の隣の獣人、反対側に立つシェルティー、そして後ろに立つ獣人とエルフ達を見、もう一度ディランたちを見た。
「わたし達に任せておいてくれるのが、一番………面倒が少なくていいのよ。」
そう言ってにっこり笑う。
「そうだ。」
シェルティーはそう言うと、伸びをするように両腕を伸ばし、そのまま頭の後ろで腕を組んだ。
「アンタ達も探索に出よう、なんてことで国から出ちまうと、折角の結界を張りなおさなきゃならなくなるからな。元に戻すのは凄え面倒。だから大人しくここでここを守っててくれてたほうがいいのさ。」
二人に同意するように、獣人とエルフ達は頷いた。
「…さて。それではさっさと準備をして調査開始ね。」
エルシィは会議棟を振り返った。
「………もう三千年も経ってしまった。この世界が壊れる前にね……」
会議棟には会議のための部屋がいくつかあり、用途によって使い分けられていた。
この朝使用した会議室は御前会議、王の御前で会議をする場合に用いられる特別な部屋だった。
だがいま、この国に王はいない。
その中を通る通路を白い姿が歩いていた。
青銀の長い髪を揺らして進むのは、とんがった大きな耳が特徴のエルフの少女だった。
身に纏っている細身のドレスも白いため、揺らめく陽炎のようだ。
少女の後ろから大股に追いついてくる姿があった。
黒っぽい焦げ茶の髪に同じ色のヒゲを生やした背の高い、がっしりとした体躯の壮年の男だ。
「早いですな、エルフの姫よ。」
男は少女に追いつくとそう声をかけた。
「…おはようございます、ディラン将軍。」
少女は驚くこともなく、立ち止まって振り返った。
空色の瞳が男を見て細められる。大きな耳には桜色の珠が揺れ、胸元には同じ桜色の珠と真珠がデザインされたブローチが止められていた。
「執政官の正式な呼び出しですもの、早すぎることは無いと思いますけど。」
少女はわざと、ツンと済ました表情をした。
「それに、わたしは別に王族ではありませんから。エルフの姫は… 」
そう言って少女は光の射す東の方を眺めた。
「エルフの姫、と呼ばれるのは、フェレーラの館にいるシェルディアーナ姫だけよ。」
ディラン将軍は、釣られるように東の方を見た。
「…だから~ 」
と、少女は今度は将軍を見上げた。
「わたしのことは名前で呼んでくださればいいのよ。…もう一体何年前からそう言ってるかしらね。」
「おお…すまぬな。」
少しもすまなそうではない顔で将軍は笑った。
その時、
「何やってんだよ二人とも。」
将軍の背後からそう声が聞こえてきた。
「もう集合時間ぎりぎりだぜ。」
ディラン将軍は振り返り、やや下のほうを見た。
そこには、長くも短くもない銀の髪、その中にぴんと立った猫のような耳、ルビーのような真っ赤な瞳の獣人の少年が立っていた。
腰の辺りからはフサフサの長いもの…猫の尻尾のような尻尾が、揺れていた。猫が少しイラついている時のように。
「これはシェルティー殿。」
将軍はにっこりした。
「そなたにも集合がかかったのか。」
「ああ。そーだよ。じゃなきゃ朝っぱらからこんな所に来るかよ。」
シェルティーと呼ばれた少年は、軽くあくびをしてみせた。
「とにかく、早く行かないと、執政官の血圧を上げることになるぜ。」
「おお、そうであったな。」
そう言って将軍はエルフの少女を振り返った。
「そうね。行きましょう。」
少女はそう言ってからシェルティーを見た。
「執政の前であくびはしちゃだめだからね。」
シェルティーは少女の言葉に一瞬むっとした顔になったが、
「勿論。………エルシィもな。」
そう言うと二人を追い越して先に歩き出した。
少女―エルシィは将軍と顔を見合わせ、やれやれ、という仕草をすると、将軍と共にシェルティーを追いかけた。
白い通路の先には会議棟がある。
会議棟は二階構造になっていたが、 三人は中に入るとその二階に向かった。
指定された部屋のドアを開ける。
そこは細長い形の部屋だった。
中には細長いテーブルがあり、左右にそれぞれ椅子が十脚ずつ配置され、一番奥に一脚、他の椅子より大きく遥かに立派な椅子が置かれていた。
三人で最後のようで、三人分の椅子と、それから一番奥の椅子だけ空いていた。
テーブルの上には会議中、喉を潤す水差しとコップが並べられていたが、一番奥の席にはコップは置かれず、代わりに小さな箱が一つ置かれていた。
「ほら、俺達が最後だ。まったく。」
「なによ。あんたはわたし達より遅かったじゃない。」
シェルティーとエルシィはひそひそと言い合った。
ゴホン。
と咳払いが聴こえ、二人は顔を上げた。
「そろそろ会議を始めてよろしいかな? 」
テーブルの左側の一番奥に座っていた、白っぽい長いひげを蓄えた男が言った。
「…失礼しました、執政官・アデルイア=トレス。」
エルシィは優雅に一礼し、三人は自分の席に着いた。
ディラン将軍は執政・アデルイアの向かい側、エルシィはアデルイアの二つ隣、更にその隣にシェルティー。
席に着いた総勢二十名の中には、エルシィ以外のエルフや、シェルティー以外の獣人もいた。
エルフの青年は二人、獣人は三人。
獣人のうち二人はシェルティーと同様に、獣耳と尻尾がある。残り一人は耳は人と同じで尻尾は無い。しかしその背には鷲の様に茶色っぽい立派な翼が生えていた。
部屋の中はシン…としている。皆執政官の言葉を待っているのだ。
自分達を招集したその理由を。
少しして、執政官・アデルイアが言った。
「昨夜、箱に反応があった。」
おお、と、その場にいる者達が声を上げた。
長テーブルの端に置かれている小さな箱を見る。
「箱に反応が…それでは…… 」
「それではとうとう… 」
その場の全員が、期待の篭った目で小さな一つの箱を見た。
「…それにしても、突然なんだな。」
特に感情の篭らない声で、シェルティーが言った。
他の者達は一斉にシェルティーを見る。
「今までずっと、ずっと調査し続けても手がかりがみつからなかったのに。」
シェルティーの目は箱を見ているようだったが、実際彼が見ていたのは、調査し続けていたこれまでの時間なのかもしれない。
「確かに。」
アデルイアが言った。
「これまで長きに渡り、われわれはずっと調査を行ってきた。そう、長い間。だがこの約三千年間、一度も箱が反応したことは無かった。しかし、昨夜確かにこの箱は反応を示した。」
「それならば早急に再調査を行いましょう。」
ディラン将軍の隣に座る、将軍に負けない体躯の獣人が言った。
言葉はそんなにいらなかった。だからそれだけで十分だった。
この会議はここに集まった者に昨夜の現象を伝えるだけが目的だったから。
やるべきことは決まっている。
会議は終了し、会議室の扉は閉められた。
扉が閉まる寸前、エルシィは一番奥の椅子を見た。
その前に置かれていた箱は今は無い。
会議室のある場所は、この国の城の北の塔の十五階。階段を上って十五階に達すると、そこは一つの屋上のようになっていて、木々が植えられ庭園になっている。通路を外れた所には東屋も設置されていた。
エルシィが会議室に向かっていた時よりも日は既に高く上っており、程なく南の塔の影に隠れようとしていた。
午後になればまたこの庭園には日が射し始める。
会議室を後にしたエルシィは、朝歩いた通路を今は逆に辿っていた。
ふ、と、彼女は立ち止まる。
「さて、準備をしないとね。」
そう言ったエルシィは、彼女に合わせて歩みを止めた隣に立つ男を見上げた。
その男は、先程の会議で発言した獣人だった。
彼は無言で頷いた。
「…また苦労をかけるな…すまぬ。」
先を歩いていたディラン将軍とアデルイアをはじめ会議に出席していた人間たちが、エルシィたちを振り返った。
「…あら。」
エルシィはディランたちを見た。
「この国だけの問題じゃあないんだもの。そんなこと言うことありませんわ。」
それから、自分の隣の獣人、反対側に立つシェルティー、そして後ろに立つ獣人とエルフ達を見、もう一度ディランたちを見た。
「わたし達に任せておいてくれるのが、一番………面倒が少なくていいのよ。」
そう言ってにっこり笑う。
「そうだ。」
シェルティーはそう言うと、伸びをするように両腕を伸ばし、そのまま頭の後ろで腕を組んだ。
「アンタ達も探索に出よう、なんてことで国から出ちまうと、折角の結界を張りなおさなきゃならなくなるからな。元に戻すのは凄え面倒。だから大人しくここでここを守っててくれてたほうがいいのさ。」
二人に同意するように、獣人とエルフ達は頷いた。
「…さて。それではさっさと準備をして調査開始ね。」
エルシィは会議棟を振り返った。
「………もう三千年も経ってしまった。この世界が壊れる前にね……」
会議棟には会議のための部屋がいくつかあり、用途によって使い分けられていた。
この朝使用した会議室は御前会議、王の御前で会議をする場合に用いられる特別な部屋だった。
だがいま、この国に王はいない。